丹波の山から嫁に来てもう60年以上たつ祖母の背中は90度に折れ曲がり、百姓の嫁として生きてきた証をしっかりと身体に残している。
私の祖母は外に勤めに出たことなどない昔の本当の百姓なのだが、そんな祖母からいろいろ教わることはとても多い。
昔の人の知恵というものだろう。
身近にあるもので、なんでも作り工夫された知恵には驚かせられることが多い。
そんな祖母もすっかり歳をとり、私が小さかった頃の祖母に比べると、足腰も弱くなりずいぶんと小さくなった。
耳が遠い祖母に話しかける時、耳元まで近寄り話しかけるのだが、いつもその時、こんなに祖母の背中は小さかったのかと思う。
しかし、そんな歳をとった祖母は今でも天気が良い日は庭に出ては草引きをしている。
「もう自分は高いところの草木の手入れをすることはできない。」とに自分が手の届かない場所の手入れを、たまに私に頼んでくることはあるが、地面に生えた雑草などの草引きは自分自身でこなしている。
お日様の下で、もくもくと草引きをしている祖母の背中は私に元気を与えてくれる。
派手になってしまった現代の生活の中で、こつこつと何かをし続けることの大切さを感じるのである。
今日も、朝早くから、もくもくと草をひいている。
朝日をうけた祖母の背中は、80年以上生きてきた多くの知恵と大きなやさしさが映っている。
私は祖母が鏡餅でつくったおかきが今でも大好きだ。